「なぁ、寒いんだけど」
ソファーに座って新聞を読んでいる相手の首に腕を絡めて、後ろから圧し掛かる。
掃除の行き届いた部屋には物が少なく閑散としていて、嫌に寒い。
数少ない温もりを求めて家主に抱きついてみても、ソファーが邪魔していることもあり十分な暖は得られない。
部屋に響くのは夜から降り続く雨と新聞を捲る乾いた音と二人の呼吸。
無反応ってそれ無視ってことかこの野郎。
首に絡める腕に力を込め、頭を擦りつける。
「暖めてよ」
他意はない。というかあったら困る。
寒いから温まりたいだけ。要は暖房を点けて欲しい訳だ。
まぁ別に暖房点けなくたって、テレビのお笑い番組を二人で見て大笑いするとか、格ゲーで白熱バトるとか、モンハンとかでもいいんだけどさ。
くそ寒いんだよこの部屋は。
かさりと新聞を捲る音がして、ようやく家主がこっちを向いた。
整った顔立ちに切れ長の黒い瞳と短く切ったサラサラと手触りのいい黒髪。
この顔に見つめられるとついドキドキと胸が高鳴ってしまうのは何故だろうか。
「脱げ」
「は?」
「温めて欲しいんだろ?」
「いや、服脱いだら寒いじゃん」
こいつは時々頭のおかしなこと言う。そうか、だからドキドキするのか。
あくまでも真剣にしか見えない目で、真剣にしか聞こえない声で一体何を言い出すのか。
床に膝をつき、顎をソファーに乗せて家主を見上げても、さっきから表情がちっとも変わらない。
「裸で抱き合うと温かい」
「だから意味分かんねぇっつの」
つーか男同士裸で抱き合うなんて嫌過ぎだろ。雪山で遭難した訳でもあるまいし。
明ら様に嫌な顔をすると、また顔が新聞の方を向いてしまう。
どうしたもんかな、と頭を掻いていると、ちらっとこっちを見る流し目と目が合った。
なんだ?と思って首を傾げると、顎をしゃくって自分の膝を指し示す。
まさかと思ってマジマジと見た横顔は嫌味なくらいいつもと同じ澄ました様な無表情。
ソファーに手を着いて立ち上がると、ソファーが掛けられた体重にギシリと軋んだ音を立てた。
暖かな絨毯の上を歩いて正面に回り込み、新聞に手をかけると、乾いた音がして端正な顔が現れる。
「座れないんだけど」
「結局来るのか」
「一人は嫌なの!」
新聞が横に置かれると、どっかりと膝の上に腰を下ろす。
背中を預けて首元に頭を擦りつけると、少し上から溜息を吐いたのが聞こえた。
「んだよ」
「・・・別に。そう来るのかと思って」
「不満か」
「いや、お前がいればそれでいい」
肩に顎を乗せ、腹に腕を回してまた新聞を読み始める。
ま、これでちょっとは温かくなったかなぁ。
外ではまだしんしんと雨が降っていた。
PR